熊本家庭裁判所 昭和46年(少)570号 決定 1971年5月26日
少年 H・N(昭二六・六・一生)
主文
少年を熊本保護観察所の保護観察に付する。
当裁判所が昭和四四年一二月二三日少年に対してなした「少年を中等少年院に送致する。」旨の決定はこれを取消す。
理由
(非行事実)
少年は熊本市○○○○町××××番地建築大工○口○男方に大工見習として住込み稼働中の昭和四六年二月二〇日午前七時ごろ前記同人方において家人のすきをみて、前記○口○男所有にかかる現金一三〇、〇〇〇円及び自転車一台(時価五、〇〇〇円相当)を窃取したものである。
(九州地方更生保護委員会の房収容申請要旨)
少年は、昭和四六年二月一〇日福岡少年院を仮退院し、指定居住地である熊本市○○町○○○○××××番地の自宅に帰住し、同年同月一四日熊本公共職業安定所の斡旋により熊本市○○○○町の○口建設(○口○男)の大工見習として住込み就職したが、僅か五日間就労したのみで、昭和四六年二月二〇日無断家出(特別遵守事項三号後段及び四号違反)その際雇主の作業衣の上衣ポケットから現金一三〇、〇〇〇円及び自転車を盗んだ(一般遵守事項二号違反)ものである。
少年はかねてより継母との折合い不良などで家庭に落ち着けないところから、保護観察所においては、職業安定所を通じ本人希望の大工見習として○口建設に住込み就職斡族するなどして少年の自立更生をはかつたのであるが、勤労意欲は認められず僅かの間で現金を窃取し、無断家出して東京、札幌、函館、青森、神戸、大阪、四国、大分、鹿児島等を転々とし放浪をつづけ、熊本に帰つても駅の待合室、自動車内等に宿泊していたものであり、保護観察によつては更生させることが困難と判断され、再犯の虞れも濃厚であり再度少年院に収容して矯正教育をなすを必要とするものである。
(罰条)
非行事実につき刑法第二三五条
(処遇)
少年については、同一の事実関係により戻し収容申請事件と窃盗保護事件が同時に係属した。一般保護事件と戻し収容申請事件とを併合することの可否については両説あるが、審理内容の本質的な面より積極に解し、併合して審理することとし、本年四月二日少年が仮退院した福岡少年院の教官の意見を聴き、同年四月七日保護観察官の出席を求め審理した結果、申請の事由は肯認されるところであつたが、前記福岡少年院教官の意見その他諸般の事情を考慮し、戻し収容の決定を留保し、しばらく少年の動向を見守り、且つ、その更生を図るのが相当と考えられたので、前同日試験観察決定の上、少年を熊本県荒尾市菰屋前村忠男に補導委託をした。
以来少年は担当調査官及び受託者の指導により更生への兆がみえつつあつたが、同年五月五日事故を起し(受託先の金員窃取)、翌五月六日受託先を出奔一時消息を絶つたが、三日後の五月八日自宅に帰つていることが判明したので、当庁に同行し、訓戒を与え、受託者の意見を聴いた上、引き続き補導委託を続行した。
受託先を出奔後復帰するまでの少年の動向(特に非行の有無)及びその後の生活状態について、担当調査官及び受託者の報告によれば、少年は、出奔の直接の動機はともかくとして、生別した実母恋しさから以前生母が住んでいた佐賀市にその消息を求めて無一文のため徒歩にて赴き、不明のため自宅に帰つたが、その際も徒歩にて帰り、その間半ば慣習となつていた盗癖も芽生えず、非行に走ることなく、復帰後一時は動揺もみられたが、次第に落ち着きをみせ心から反省し真面目な生活を続けており、将来は、少年院で習得した大工として身を立てることを望んでいるが、当分の間は前村氏の許で起居し、前村氏の許しが得られたる後に就職する意向であり、同氏も全面的に協力を約していることが認められる。
そのようにみてくると、少年自身相当自制心を喚起し、従来の生活態度を改め社会適応性を具えるため意欲的に努力しているものと考えられる。
而して少年は、本年六月一日より大人の世界に入ることになるわけであるが、従来成人期を境として、少年期の非行から立直るケースも多く見受けられるが、前述した少年にとつて利用できる社会資源から、一縷の望みはあるが、その家庭環境、累犯盗癖、放浪癖そして頻回転職等からして、今直ちに少年に期待することは時期尚早であり、その矯正のためには、改めて施設に収容しての矯正教育をする必要はないにしても、少年の生活信条が固定化するまでは、相当期間専門家の指導監督に服させるべきである。
そうすると、戻し収容の必要性は認められないが、当該事件は昭和四六年少第五七〇号窃盗保護事件に併合した関係上主文に戻し収容申請却下の記載はしない。
よつて少年法第二四条第一項第一号、少年審判規則第三七条第一項前段、及び少年法第二七条第二項を各適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 末光直己)